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2007年1月12日 (金)

物事は多面的に見なくては

物事は多面的に見なくては(前振り) / 2005年07月13日(水)
わたしは、小学校5年生の時に、父の仕事の都合でアメリカに引っ越した。
外国とはわたしにとってどういう場所かというと、日本語の図書が容易に入手できない場所であった。
勿論日本語の本を売っている本屋はサンフランシスコまで行けばあったが(五車堂という雑誌中心の小さな店と、かなり広い紀伊國屋書店)、わたしの住んでいた場所からは車で1時間ちょっとかかった。気軽に歩いていって、自分で棚から欲しい本を選べる、という環境はなくなるということだ。
なので、渡米前に、両親はわたしに段ボール一箱分位の本を新たに買い与えてくれた。何故か、本の選択にはわたしの意見は参考にされた記憶がない。見計らいで買った本が一山。勿論わたしの読書のパターンはある程度読めていたと思うので、そんなにはずれはなく、わたしはその時買って貰った本はアメリカ滞在中に1冊残らず読んだ。複数回読んだ本の方がたぶん多いだろう。
そうして買って貰い、何回も繰り返し読んだ本の中に、鈴木三重吉が編集していた児童雑誌「赤い鳥」の傑作選3冊組があった(何故か出版社は覚えていない...あまり有名な出版社ではなかったのかな)。芥川龍之介「蜘蛛の糸」「杜子春」のような有名どころを初めとして、「赤い鳥」が初出だった小説や詩(北原白秋など)、更に児童の投稿作文なども少しおさめられていた。
(という訳でテーマに到達出来ないまま次項に続く)
物事は多面的に見なくては(本論) / 2005年07月13日(水)
3冊組の「赤い鳥」傑作集の中に、「ある日の鬼ヶ島」という作品があった。作者も覚えてないのでそんなに有名な作家ではなかったのだろうと思う。
インターネットで検索しても1件もヒットしない。
でもわたしにとっては大変印象的な作品だった。
ある日、鬼が鬼ヶ島でのんびり過ごしていると、向こうから舟がやってきて、小さい男の子と動物が乗っている。勝手にやってきて、勝手に暴れて(それも男の子はかけ声をかけているだけで、手下の動物たちに乱暴狼藉を命じていた)、自分たちの財宝を取って帰っていってしまった、という物語。
鬼の世界から見れば、桃太郎の方が勝手な侵略者だった、という物語。
これを読んでとても驚いた。
勿論、それまで、桃太郎が正義で、鬼が悪、としか考えたことはなかったのだが、それは一面的なものの見方に過ぎない可能性がある、ということを知らされたからである。
その後、芥川龍之介「藪の中」等、見る人の目によって、同じ物事が全く違った価値判断をされる可能性がある、ということは徐々にわかってきたのだが、その原点として、忘れられない作品となった。

とはいえ、この「赤い鳥」傑作集、一緒にまた海を渡って帰国し、しばらくはわたしの本棚にあったと思うが、その後、どこへ行ってしまったのか。もしかしたら、今でもわたしの実家のわたしが使っていた部屋の天袋かどこかにあるのかもしれないが、もう数十年触れていないことは確か。
で、今日、昼休み本屋さんに行って、たまたま講談社文芸文庫の『日本の童話名作選 昭和篇』というのを手にとって、一体どんな作品が入っているものだろう、と目次を見て驚いた。冒頭に入っていたのが、江口渙「ある日の鬼ヶ島」だったのである。
(この項もうちょっと続く)
物事は多面的に見なくては(その後) / 2005年07月13日(水)
講談社文芸文庫は、名作の安定した供給を目指しているため(容易に絶版にしない方針)値段が高く、330ページそこそこの文庫本が税別1300円もしたのだが(涙)、あまり迷わず買い。有名なところでは宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」、太宰治「走れメロス」など。作家でも川端康成、坪田譲治、室生犀星など、有名どころが色々。
その巻頭に、Google君で1件もヒットしない(2005.7.13現在)「ある日の鬼ヶ島」が来るとは。「赤い鳥」昭和2年10,11月号所収。

久々に目を通してみて、細部はやっぱり忘れているな、と思った。この日、鬼ヶ島ではお祭りと運動会をやっていて、海岸で桃太郎一行を出迎えたのは、老人と赤ん坊の鬼ばかりで、大人の鬼が戻ってきたときにはもう桃太郎たちは引き揚げた後だったのだ。で、当然鬼たちは怒り狂ったが、今更どうしようもない。
「全くだ。おれたちの留守をねらって来るなんて、いわば空巣ねらいも同様じゃないか」などというせりふが可笑しい。
何年かたって、風の噂に、小さな子どもが鬼ヶ島で鬼退治をして宝物を奪い取ってきた、という話が鬼の耳にも入り、鬼はまた激怒。桃太郎は何も戦っちゃいないのに!
「全くいやになっちまうな。一ばん命がけで働いた犬が格別ほめられないで、ずるくばかり立ち廻った桃太郎が一ばんみんなに褒められるなんて、ばかばかしくってお話にも何にもなりはしない」
「まあ、そう怒るなよ。それがあさましい人間世界のならわしなんだ」
「そうかなあ。まじめに働いたやつが少しも得をしないで、ずるく立ち廻ったやつばかりが一人で甘い汁を吸うのが、それがほんとに人間世界のならわしなのかい。それじゃこうしてお互に正直一方に働いては仲よく助け合っている鬼ヶ島の方が、どれだけましだか比べものにならないね」
「そうだとも、人間の世界なんてほんとにろくな世界じゃないさ。そう思うとこうして鬼ヶ島に住んでいる方が、どれだけ有難いか知れない」(pp.25-26)

そうか、この作品は、文明風刺だったのか!

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