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2007年1月12日 (金)

「トニー滝谷」

「トニー滝谷」(1) / 2005年06月24日(金)
2005.6.23のNoticesより映画に関する部分を抜粋。
(最後にちょっとだけどうでもいい付け足し)
リンクを貼ったblogにトラバするのが目的ですが。(^^;)
ああー、字数オーバーしたので分割しますぅ。

映画「トニー滝谷」は、もともとCMディレクターとして有名だった(禁煙パイポとかタンスにゴンとか)市川準監督(映画監督としてぱっと思い出す作品は「TUGUMI」かな。牧瀬里穂と中島朋子)が、脚本・監督を手がけた映画で、春先に新宿と渋谷で上映していたとき、見たい見たいとずっと思っていたのに、結局映画のために都心まで出てくる時間の余裕を作れず(その分飲み会控えればいいぢゃん>自分)上映終了してしまったのだが、今週、4回だけイクスピアリのシネコンで上映されることになり、今度こそ見ようと、子どもをYYさんに頼み(一昨日と今日が18時半からの上映、昨日と明日が10時50分からの上映で、結局友達の好意に甘えてしまった...)、久々に行って来ましたイクスピアリ。
(中略)
「トニー滝谷」は、「イクスピアリ・ムービー&ファン」というイベントの一環での上映なので、なんと映画料金は800円であった。4回しか上映がないので、一体どの程度混むのか全然読めずに入ったが、まぁ、ほどほどの大きさのシアターで、スクリーンを無理なく見える場所はすかすかでない程度に埋まっている、という雰囲気(上映時間ぎりぎりでも、人にちょっと譲ってもらって列の中の方に入れる、という感じ)。映画の予告編は「フライ・ダディ・フライ」「大停電の夜に」の2本しかやらず残念。

(映画部分には全く触れられないまま(2)に続く...)
「トニー滝谷」(2) / 2005年06月24日(金)
さて映画。とても淡々とした映画だった。色彩もモノトーン中心で、静かな感じ。西島秀俊が出来るだけ抑揚を排除して、原作の地の文を読み上げていく(今朝原文を読んだばかりなので、自分の記憶も平行して物語を読んでいた)そして、その読み上げている文章の最後の部分を、画面の人物がくみ上げるようにナレーターから引き取って淡々と文章を言う。時間の経緯が、画面を右から左にずらし、一瞬暗い部分を通過させ、次のシーンに移るという場面転換。見晴らしのいい丘の上に仕事場兼住居を構えたトニー滝谷の光にあふれた生活。イッセー尾形が父省三郎役も演じ、また、自分自身を大学生時代から演じるのだが、髪を伸ばして一心不乱に絵を描いているイッセー尾形、勿論全然大学生には見えません。でもイッセー尾形の物まね芸の一環、みたいに見えるところがすごい? そして宮沢りえ...。小説中では名前を与えられていないトニー滝谷の妻そして、彼女の死後秘書募集に応募してくる若い女性の二役演じる宮沢りえは、ちゃんとキャラクターによって雰囲気を演じ分けていてなかなかいい。洋服を身にまとうために生まれてきたような、という感じがきちんと出ていて、どの服を着ていても宮沢りえは魅力的。買い物三昧するシーンでは、彼女の足元だけを映し、ミュールだのパンプスだのショートブーツだのロングブーツだの、カモシカのような細い細い足がとてもきれいに撮ってあって、ため息が出る。20歳頃の彼女の輝くような美しさから、怖いほどの拒食の顔を経て、まだ彼女はやせすぎだと思うが、なんて深くて美しい顔をしているんだろう、としみじみ思う。そして、秘書に応募してきて、彼女が遺していった服を見て泣く女性は、きちっと野暮ったさを出し、でもはっとする位繊細で美しい雰囲気も出ている。細かい設定はちょっと変えてあるし、また、最後の部分で、原作の末尾の文以降の物語を作ってしまっているところは評価の難しいところだが(手袋をあげようとするおばさん=木野花のシーンとか、パーティーで妻の元彼と会うシーンとか。後者はピリっと効いていたが、それは村上春樹的ではなく、これは市川準の感性か)、原作を忠実に映像にしているという意味で、大変すてきな映画だったな、と思う。
(なんとまた字数オーバー(3)に続く...)
「トニー滝谷」(3) / 2005年06月24日(金)
木野花の出演シーンがわからなくて探していたら見つけたblog。結構情報満載でいいかも。
ちなみにわたしは池袋の「文芸地下」という映画館で「風の歌を聴け」と「パン屋襲撃」は見た。「パン屋襲撃」「100%の女の子」のDVDはちょっとかなり欲しいかも。山川直人好きだし。
昨日のNoticesには書き忘れたが、坂本龍一の音楽もよかった! なんで村上春樹の小説にはああいうさびしげな音楽が似合うんだろう? にぎやかなのは途中、省三郎がライブハウスでジャズバンドと演奏しているシーン位だったよね...。
宮沢りえが、かわった形のサボテンの世話をしているシーンも好きだったし、彼女の死後、イッセー尾形が霧吹きでサボテンに水をかけようとしたら、霧吹きが壊れてしまってうまく水が出ない、という感じも、さびしくてよかった。
無機質にきれいに片づいた家が、主婦を失ったあとも保たれているところなんかも、この映画の現実感のなさが現れていて(うちではありえない美しさ・笑)よかった。
村上春樹の小説世界はやっぱり現実的じゃないんだよね。その辺が、再現出来ているところがこの映画の評価を高めた? 「風の歌を聴け」がファン受けしなかったのは、村上春樹世界にしては生々しくなりすぎたからかも。大森一樹の作品、と思ってみれば好意的にとらえられたんじゃないかな。

コメント
NEOさん、おひさしぶりです。その節はお世話になりました。
今さらですが『トニー滝谷』のエントリーを拝見したので、TBさせて頂きました。本当にいい映画だったと思います。
Posted by:マホ at 2005年08月19日(金) 18:53


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