2006年1月25日 (水)

2001年07月07日(土) 井田真木子『フォーカスな人たち』(新潮文庫)

この本は、1995年に文藝春秋から『旬の自画像』というタイトルで単行本が出て、当時、幾つか好意的な書評を見かけたので、読んでみたいな、と思っていた。1995年といえば双子を産んだ年で、まぁ単行本を買わなくても、そのうち文庫になったら読もう、なんて思っていたら(ずっと忘れてはいなかった、時々まだ文庫にならないのかなー、と思っていたんだよ)6年も待ってしまった。タイトルも出版社も変わり、もう少しで見逃すところだった。

この本は、バブルの時代を象徴する5人の日本人の評伝である。象徴? そのラインナップを見ると、不思議な感じがするのだが、彼女の文章を読んでいるうちに、色々な側面からそれは確かに1980年代後半から1990年代前半を象徴した人たちであることがわかる。
その5人とは、黒木香、村西とおる、太地喜和子、尾上縫、細川護熙である。最初の2人は分かちがたく結びついている感じがあるが、あとのその2人と、あとの3人は全くばらばらに見える。
作者は、その時代の写真週刊誌を丹念に眺め、時代の空気のようなものを読み解こうとする。黒木香を、「わたくし」というキーワードで選び出し、その時代の様々な「わたくし」の姿を書き出していく。例えば榎本三恵子、例えば三浦良枝、林葉直子、大林雅美(上原謙の元妻)。村西とおるを描きながら、時代の求めた猥雑さを分析し、太地喜和子の歩みを描きながら、新劇の歴史をなぞる。尾上縫のやったことを克明に描き、理念だけが先行する細川護熙の人生を、小沢一郎と絡めながら書く。
いずれも、わたしの知らないことばかりだった。
1980年代から90年代前半、といえば、高校生から社会人にかけての時代で、どの登場人物についても、通り一遍の知識はある、と、自分で思っていた。
しかし、もしかして、わたしは何も見ていなかったのではないか?
作者が描いたことだけが時代の本質ではないにせよ、わたしは結局のところ、バブルの時代というものを、ほんの表面的にしか知らなかったのではないか?
わたしが知っているバブルは、雑誌「Hanako」の記事に書かれているものだけだったのではないか?
作者の、時代を見る力に圧倒された。

最初雑誌に発表されたルポルタージュを、単行本化する際に書きなおし、また文庫化する際にかなり加筆しているようで、わたしが読んだ本はかなり「現在」に引き寄せられている。
しかし、作者は、この文庫本が出た直後に急逝し、写真週刊誌という媒体も往時の輝きを失っている。文庫版のタイトルに入っている「FOCUS」も休刊してしまう。
作者の冥福を祈りつつ、一人でも多くの人にこの本を手にとってほしい、と思う。

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